書評『アジア図像探検』

杉原たく哉『アジア図像探検』武田雅哉監修、杉原篤子編

集広舎、2020年5月31日、A5判並製288ページ、本体2200円+税

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評・同連載担当=谷英治/月刊書道界

2020.7.2記


杉原たく哉氏(1954--2016)による本誌連載「アジア図像探検」が氏の命日・5月31日に、単行本として集広舎から発売された。

2004年2月号から2016年4月号まで、


「かたち」と「意味」との不思議な関係。それを求めて広大で豊かなアジア美術の森を探検してみましょう


という趣旨(第一回)で毎月、図版とともに短文半ページ。さまざまな知見に驚き、目からウロコも度度、よく楽しませていただいた。


先日近所のレストランに貼り紙があり、縦方向に三枚継ぎで、一枚に大きく一字、上から「カ」「レ」「ー」とある。音引きが水平のままでぎょっとした。

はて、外国人労働者の仕業か?横書きの一行一字か?と思うやいなや、杉原先生の連載を思い出した。

バックナンバーを探せば、その連載82「かなの文化発信力②」で例示された図像もまったく同じ「カレー」で驚いた。

このシリーズでは外国人から見た“かな”のイメージを説き、最後に「書道界も、「かな」を武器に、世界に「日本」をアピールしてください」と締めくくっている。

当時(2010年)は何気に読み過ごしたかも知れないが、全書壇を挙げて日本の書道文化をユネスコの無形文化遺産に登録しようと盛り上がっている今現在、なんとも新鮮な響きではないか。

筆者=本連載担当編集者がこの「カレー」貼紙を見つけた数日後に、この本が出来る知らせを受けたのは偶然でもないだろう。

かな文字のほか、連載の前半では中国人にとっての漢字の話がいくつかあり、たとえば“組字”の紹介は偽漢字・英文漢字で知られるアーティスト、徐冰(シュ・ビン)の先行例かと驚かされた。

ほかに銅雀硯(曹操)や、太湖石の話にも私は身を乗り出し、安土城=モンサンミシェル説信長は大天使ミカエル説足利将軍家の中国憧憬バーナードリーチと漢代画像石の密接な関係などなど、パラパラめくれば当時の興奮がよみがえる。

なかでも蠣崎波響を取り上げた「鎖国日本に吹く大陸の風」全5回は、当時、私自身の蠣崎波響の画への興味から楽しく読んだものの、いま改めて読めば先住民族アイヌと、日本の関係を問う鋭い視点が内包されていることにようやく気づき、恥ずかしくなった。

この「鎖国日本に吹く大陸の風」にはベースとなる論文があって、それも本書に収録されている。

この本は前後二部構成で、前半は連載全147回、後半は杉原先生の論文選5本。さらに杉原氏の詳細な年譜を附す。

各論文について記しておきたい。

七星剣の図様とその思想」は刀身にある図像の由来を中国古典籍にもとめてかつ実際の天空に合致することを突き止めた驚くべき快作。

漢代画像石に見られる胡人の諸相」は、まさに未整理の諸相を整理した労作で、いまや漢代画像石や匈奴研究の基礎文献、かどうか知らないけれども、それくらいの価値を感じさせる。文字ではなく図像で歴史を照らし出すとは、こういうことであろう。

神農図の成立と展開」はその展開を追う中で、版本が果たした役割~同じイメージの再生産~を明るくしている点が興味を引く。

狩野山雪筆歴聖大儒像について」では“儒教美術”を提唱。キリスト教美術や仏教美術同様、宗教への理解なしには読み解けない美術があることを示しており甚だ痛快だが、さて、いまの美術史学界はどうなっているのだろうか。

蠣崎波響筆「夷酋列像」の図像学的考察」は先に記した通り、連載中「鎖国日本に吹く大陸の風」全5回のベースとなるもので、図像学に発し、図像学を越えて、天皇制や先住民族との歴史を通して先生は“日本”を問うているかに思える。

以上 編者は令夫人篤子さん、監修・解説は、『蒼頡たちの宴』で知られる武田雅哉氏(北海道大学教授)。

杉原先生のこんなにも刺激にみちた“図像探検”が、この本を通してより広くに沁みわたり、ずっ と続いて行くことを願ってやまない。(編集子)


なお杉原先生のプロフィールは東文研のHPにも詳しい。

《余聞》

先生には、ついにお目にかかることはなかった。

メールと電話でのやり取りだった。

担当になったはじめの頃は、他の連載執筆者とのやりとりは未だ手書き原稿のFAXが多かったのだが、杉原先生はワードで、しかも原稿用紙のように本誌の字数行数に合わせた書式設定をされてのメール入稿。校正紙(PDF)以後も赤字や要望はPDFに直接書き込まれてペーパーレスで進行(当時としては先進的だった)、さらには掲載する図版も、多くは先生が直接入稿されたもので、画像石拓本の図版加工や、古画の模写など、いわば先生の自作CG。デジタルにも強い、そんな進取の気性に富んでいた。

連載百回の折には「節目を記念して、いつもの(半ページ)倍でお願いします」とページを割いて、ワクワクしながら原稿を頼んだのだが、蓋を開けてみると、なぜか「最終回」の文字がある。

私は驚き、慌てて連載の継続を懇請。何をどう会話したのか忘れてしまったが、電話を切ったあと、安堵と嬉しさで涙が出そうになった。

本が届き、開封しながらそのことを思い出した。

カタチのうえでは未完だけれど、 “図像探検”は続くよどこまでも、ですよね、先生。

先生・篤子様には感謝に堪えません。 2020.7.2 谷英治拝